物凄くパロディ色の強い作品です。
土方も風間も両方生きていたら〜な話。
嫁については想像にお任せ。


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花見酒                                                 By ヤマネコ










ふわりと鼻先を掠めて言ったのは、夜風に待った薄紅の花弁と極上の美酒の香りの両方だった。
朱塗りの盃を満たしたまま嵩の減っていない酒の水面に、幾重にも波紋を描き桜の花弁が一枚落ちる。

見上げる空には、満月。
蝦夷の遅い春に桜が花開くのは、卯月を終えようかという辺りのことだ。月に叢雲、花に風…とまでは行かないものの、春霞の頃合いを過ぎた夜空にくっきりと明るく冴える望月は夜桜見物にはお誂え向きと言えるのかも知れなかった。

ああ、これはいい酒だ。

まだ唇を湿らせる程度にしか舐めてはいないが、そう解る。
微かに盃を揺らす度に波紋に踊る花びらと、ゆらめきながら形を変える月を眺めながら、土方歳三は目許を柔く撓ませ笑った。

「……存外に風雅な男だな、薄桜鬼よ。酒よりも、花を好むか」

隣から聞こえて来た低い声に、視線だけを向ける。

黙々と盃を干していた風間千景の手元には、もう雫ばかりの酒しか残されてはいない。
無言のまま、風間が持ち込んで来た豪奢な漆塗りの酒器から片手酌で空の盃を満たしてやった。
手土産が酒だけでは済まぬところが、妙に律儀なこの男らしいと密かに思う。

「……今更気付いたのか?俺ぁ生まれつき、品が良くてよ」

酒は、嫌いではない。美酒を介さぬ舌でもない。
ただ、そう……「呑まない」だけだ。
風間も決して呑めぬのかとは問わない。無理に呑めとも勧めない。
ただ、互いにまったく好き勝手な早さで酒を楽しみ、縁台に並んで夜桜を見上げていた。

「ふん、戯れ言を」

どの口がほざくかと風間が口許を歪めるのが、妙に可笑しかった。

咲き染めの山桜の枝を揺らし、夜風が抜ける。
月明かりが山間の庵の庭に描く影絵も、風に踊らされ一瞬ごとに姿を変えて行く。
思えば、自分達が闇雲に駆け抜けて来た時代というものも、いつか振り返ってみればこんなものなのかも知れない。
土方は、そう思っていた。

同じ形は、二度とない。
どれだけ似た形に見えても、風に舞う桜は枝には戻らない。
枝をさざめかせ、月明かりを浴びて、一刻ごとに移り変わるからこそ鮮やかに目を惹き付ける。

それでいいと思えた。

「……あっちはやっと静かになったな。さっきまで、随分と騒々しかったみてぇだが」

土方とその妻とが世間から隠れるように暮らすこの庵は、所詮野中の一軒家と言うものだ。多少かしましくとも誰も咎めはしないが、ああはしゃいだ声を聞くこと自体が珍しい。
女二人が寝室にしている居間の方を振り返り、騒ぎ疲れて寝入っている子供のような寝顔を思い描いた。

「騒々しかったのは貴様の女だけだろう。我が妻は、さほどでもなかったはずだが?」

「似たようなもんじゃねえか。好きなだけ騒がせときゃいいんだよ」

彼女達の話題の中心が何だったかなど、聞き耳を立てるまでもない。十代の娘盛りに戻ったような他愛のないお喋りを、今からでも楽しませてやれるなら願ってもなかった。

「どうせ、惚れた男の自慢話なんだからな」

芳醇な香りの水面にたゆたう桜ひとひらごと、ぐいと一息に酒を干した。
手酌で再び盃を満たしながら、思う。

いい酒だ。

こんな花見酒も、悪くはない。


【終】

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原稿やってる時に「くれてやる」と送られてきたのがこれでした。
頭領も副長も好きなのです…!
ありがとう、とてもありがとう……!!!
よく友人と、風間も副長も生き延びてて、尚且つ嫁(千鶴)がお互いに居たら、ED後とかキャッキャできるんじゃね?って想像をしてました。