灯火 By ヤマネコ |
熱を帯び火照ったままの肌を流れ落ちたひとしずくは、水無月の雨ではなかった。 ぽたりと落ちて、混じり、溶ける。 どちらの物とももう言えない汗。 雨音がやけに大きく聞こえるこの部屋で、千鶴は必死に声を殺そうとする。 「…っ、も…だめ、です…。風間さ…、ぁあ…っ…!」 解っている。 いくら駄目だなどと言っても、彼はこの手を止めてはくれない。 乱れた夜着から肌を晒し、敷布の上に縫い止められた獲物を逃がしてはくれない。 それでも、既に何度目と数えることすら出来なくなった終着点にこのまま無理矢理押し上げられてしまう事が怖かった。 「……聞こえんな。」 そう言って、闇の中に仄赤く光る風間の相貌が弧を描き歪む。 獣が、捕らえた獲物の温かな血潮で喉を潤すのにも似た愉悦。 赦しを懇願する細い体は、呼吸を繰り返すことですら壊れてしまいそうに見えるほど震えていた。 この女を、自分の意思一つでどうとでも出来る。 どれだけ駄目だと言って見せようとも、千鶴が自分が与える熱から逃れられはしないのだととうの昔に知っていた。 頭上で一纏めに拘束した手首は、解いてやらない。 そんな事をしなくとも、もう千鶴に抵抗するだけの力はないと知ってはいるけれど。 仰け反る喉に浮いた彼女の汗を舌先で舐め取りながら、それでもまだ嬌声を耐えようとする意固地な妻の中へと強く己を穿ち込む。 「…ひッ、あぁあ…!や、…また…ッ、おねが…、風…っ、ああっ!」 一際高く声が上がって、蕩けきった内壁がぎゅっと収縮するのが解った。 ぐじゅ、と音を立てて繋がったままのそこから溢れ出てくるのは彼女の愛液のみで、白い濁りは混じらない。 涙ながらに懇願されても、今日は延々と千鶴だけを絶頂へと追い込み続けていたのだから当然と言えば当然だが。 「…きちんと強請ってみろ。何を『お願い』したいと言うのだ。」 ぞくりと背筋を這い上ってくる、甘く重たい痺れ。 水の中から無理矢理地上に引きずり出された哀れな魚のように身をくねらせる女を貫き、自らが与えた快楽に噎び泣くその声で名を呼ばれて何も感じずにいられるほど自分も鈍くはない。 それでも、絶頂の間際に身体に縋り付く事すらさせぬように、右手は千鶴の両腕を戒めたまま。 断続的に小さなその身体を揺すり上げて、後一歩届きそうで届かない忘我がそこにあると耳元に唆す。 「…ぅ、…あ…。…はッ、…そ、んな…こと…」 焦点すら合わぬ両目は涙に濡れて、この一時を支配する暴君を見上げた。 最近の風間は、いつもこうだ。 言葉で、彼を求めていると言わせたがる。 羞恥心に苛まれ、どれだけ嫌だと首を振っても、千鶴が折れるまで強引に抱く。 そんな事は言えはしないと音にするより先に、風間の左手が胸に這い充血して膨れた乳首をねじ伏せた。 立て続けに追い上げられて過敏になった身体にそれはあまりに過酷で、呵責ない愛撫は既に拷問にすら近い。 そこから伝播する強烈な快感に、千鶴の肩が大きく跳ねる。 「……んあッ!…っく、…ふっ、ぁああ…!」 気も狂いそうな焦燥から逃れようと身を捩れば、奥深くまで咥え込ませられた彼の性器がますます逃れようもない体積を主張して奥を抉る。 自分が本当は何を望んでいるのか、目を瞑り耳を塞いで気付かぬふりをする事すら許してくれない。 欲しい。 彼が、欲しい。 愛して欲しい。 穢して欲しい。 もう二度と背かぬように、失わぬように、刻み込んで。 焼き付けて、暴いて、教えて欲しい。 「…やぁ…っ。…もう、わたしだけは…嫌、です…。おねがい、お願い…っ」 半狂乱に近い声が、降り続く雨の音を打ち消して響いた。 「ひとりは、嫌…。ぁ、ん…ッ、ふあ、あぁあッ、風間さ…ん…!」 どうして、いつも。 こんな風に掻き乱すだけ掻き乱して、優しい言葉すらくれない男なのに。 それなのに、どうして。 こんなにも求め、追い縋って、自分の傍に居て欲しいと望んでしまうのだろう。 風間が自分の中で精を吐くことで、彼に求められていると安堵したいのだろう。 こんなにも愛してしまったのだろう。 答えなど、見つかりはしないのに。 男の名を呼んだ唇は、完全な泣き声に変わる前にその名を持つ本人の唇で塞がれた。 遠慮などする必要もないとばかりに、問答無用で唇を歯列を割って口内に侵入してきた舌がひどく甘かった。 ああ、どうして。 それだけを最後の思考に残して、頭の中が白く霞んでいく。 上顎を奥から手前にと舐め上げ、そんな場所にも性感帯はあるのだと自分に教え込む風間の手管が憎い。 こうまで言わせてやっと、最後の高みへと導くように最奥を突き上げる熱塊に何もかもを投げ出させられてしまう。 浅ましくくねって少しでも深く彼と繋がろうと悶える自分の腰を、止められない。 「……ッッ…!!!」 子宮口めがけて叩き付けられた体液の熱で、身の内が焼けていく。 最後の悲鳴すら、重ねた風間の唇の奥に飲み込まれて行く。 守り続けた境界線すら踏み越え、愉悦と忘我の涙に噎ぶ。 それでも。 どうして。 そう思わざるを得ないほど、ひどく愛しい物を見るような眼差しで男は千鶴を見下ろしていた。 「……強情な女だ。……っ…。」 荒く弾む息を整えながら、風間はそう呟いた。 くたりと弛緩してしまった千鶴の身体を腕に抱き込みながら、引き抜く瞬間の摩擦に僅かに眉根を寄せて耐える。 尤も、絶頂に上りつめると同時に意識を手放してしまった千鶴に自分のこんな余裕のない顔はもう見えはしまいが。 汗でよれて額に張り付いてしまった黒髪を指先で梳いて整えてやりながら、 そのついでのような自然な仕草で今は伏せられた睫毛に留まったままの涙を唇で拭う。 新選組の末路を共に見届け、その後も千鶴が一人留まっていた江戸の家から彼女をこの隠れ里へと連れてきて早数ヶ月。 とうに初夜など済ませ、幾度となく身体を重ねて来たと言うのに、未だ夫である自分を「風間さん」などと姓で呼ぶことはまだ大目に見よう。 頭領の妻たる自覚に今ひとつ欠ける事も、庶民臭さが未だ抜けないことも、見逃してやらなくもない。 だが、これだけは。 新選組に絡むあの騒動の中で、千鶴は信じ身を寄せて来た拠り所を全て失っていた。 父と慕って来た養い親は欲に狂い身の丈に合わぬ欲望にその身を滅ぼし、最後まで背中を追い続けた志士達は己が道を貫く為に千鶴を置いて逝った。 たったひとり残された彼女がもう一度誰かに手を伸ばす事を躊躇うのだとしても、それは無理からぬ事なのかもしれない。 だが、それだけは許してやれない。 それを認めてしまえば、彼女は本当に自ら拵えた檻の中に捕らわれ続けるしかなくなってしまうのだ。 千鶴がどれだけ自分に惚れているか、きっと正しく理解しているのは彼女より自分自身の方だ。 こうでもしなければ縋る言葉を吐くことすら出来ないほど、千鶴の中に自分のためだけの居場所がある。 「…さっさと認めれば楽になれる物を。」 居丈高な、あくまでも上から見下ろすような物言いをする声が、やけに柔らかく雨音に溶けるこんな瞬間に気付くこともなく。 疲れ切った、けれど、迷子の子供がようやく親と巡り会ったかのような表情で泣いた後の寝顔を晒している千鶴に、そう囁く。 今はまだ、雨の中を彷徨う夢にうなされる夜もあるのかも知れない千鶴を抱えたまま、目を閉じて。 「本当に…、お前くらいだ。この俺に、こんな強情を通す女は。」 手がかかる、と言えば「どっちがですか!」とでも言い返してくるのだろう膨れっ面を思い起こしながら眠るのも、悪くない。 いくら千鶴が戸惑おうが、そんな事は取るに足らない些事でしかないのだから。 ようやく手に入れたこの女がどれだけ迷おうとも、消えない灯火はここにある。 必死で手を伸ばし、求めればいい。 何度も繰り返し、確かめればいい。 その為の時間は、この先いくらでもあるのだから。 【終】 --------------------------------------------------------------------- 友人のヤマネコさんから、原稿見舞いに頂いたちーちづ小説でした! 二次創作での薄桜鬼もこれが初めてでした。 興奮のあまり最初の数行読むのに悶えつつ、エライ時間掛けて読んだ記憶が…! 風間は超べらぼうに格好良くで、本当やばい。 ちーちづは千鶴から風間に対する→が多いイメージです。全て失ってしまった所にできた唯一の光明が風間って感じ。 差し出された手を取って良いのか、悩む時間も与えられず強引に手を引かれて、気付いたら居なくなったら生きていけない位依存的に好きになってしまっていた。位にち←←←←←←←←←ちづが理想。 ヤマネコさんは私に薄桜鬼を薦めてハメさせたら、その後ちょくちょく萌え投下してアフターサポートも完璧で、もう本当堪らんです。 ありがとう!超萌える!今現在も、これからもずっと萌える! |